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瓦寅工業株式会社 渡邊 純一

屋根材今昔
 屋根材の代表格「瓦」は、日本書紀によると、西暦588年に仏教建築と共に4人の瓦博士により大陸から伝えられたと記されていますので、日本では、およそ1400年以上の歴史がある、伝統的建築材料であります。

 形は、今の寺社に使われている本葺瓦で、平瓦と呼ばれる水を受けて流す谷瓦と、そのジョイントをふさぐ素丸瓦と呼ばれる山瓦との組み合わせです。おもしろいのは、西欧で使われている、スパニッシュ瓦も、基本的には同じものだということです。違うのは、山瓦が本葺瓦では水上・水下が同寸でジョイントが突き付けで筒のように見えるのですが、スパニッシュ瓦はラッパ状で重ねますので、ぎざぎざになる所が大きな違いです。しかし、日本にもこのスパニッシュの上丸に近い本葺瓦が古い建物に残っています。行基葺(ぎょうぎぶき)と呼ばれるタイプのもので、まさに山瓦がラッパ型の重ねるタイプです。日本最初の瓦葺きのお寺は、飛鳥寺だと言われていますが、その移築されたのが現存の奈良市にある元興寺で、そこには当時の行基葺瓦が残されています。これは、まだ定説がありませんが、行基葺瓦が本葺瓦の原型で、スパニッシュ瓦も元は同じで、ルーツはシルクロードでつながっているのではないでしょうか。
 
 桟瓦(和型)は、日本で発明されました。江戸時代、瓦は寺社と、城郭・武家屋敷等でしか使用を許されていず、民家は木・藁等の屋根材でした。それが原因で、簡単に延焼するため江戸の大火が多く発生したわけです。そのため、途中から火除け瓦として、屋根に平瓦だけ並べることが許されたのですが、それではジョイント部分から雨が入るので、そこで、近江の国西村半兵衛という人が考え出した平瓦にジョイントの山を付けたのが、今の桟瓦の元になったということです。

 明治時代になって、洋風建築と共に、洋瓦が入ってきました。フレンチ瓦やスパニッシュ瓦です。また、石の屋根材である天然スレートがあります。これらも、日本で生産されるようになりました。S瓦は昭和になってからの日本の発明です。スパニッシュ瓦を上丸・下丸一体型にしたわけです。

 この桟瓦やスパニッシュ瓦の誕生と同じ考えで、本葺瓦を一体化したのは、瓦では実は、当社の会長が昭和53年に発案意匠登録を取りました、『飛鳥野瓦』(あすかのかわら)が初めてです。近鉄電車若江岩田駅前にある「天理教西成大教曾」新築工事で、屋根軽量化の必要性から考案、初めて採用されました。これは、その後たくさんの寺社・公共建築物等に使用され、今では多少類似品も有り、瓦型の1ジャンルとなりました。

 天然スレートですが、ヨーロッパでは広く使用されている屋根材ですが、日本では、洋風建築物中心で、高級屋根材として使用されています。最近まで、岩手・宮城両県で、少なくとも3社の山で掘り出し生産されていましたが、輸入材に圧されて廃業、国産は今では1社だけになり、産出量も年間数千uと少なく、ほとんど輸入材に頼っています。施工の職人さんは、以前は産地の職人さんが全国へ出張してしましたが、それも生産の廃業と共に激減しました。しかし、これについては、その兆候がみられた11年前に、当社と各地の有力屋根工事会社が『天然スレート工事協会』を創設、その会長に私が就任させていただき、天然スレート工事力の健全育成、確保と、需要開拓のPR活動、また天然スレート材料メーカー・商社との連携、工事技術協力等を行ってきましたので、日本の天然スレートの歴史は受け継がれることができました。この協会は、平成10年から『屋根外装工事協会』と発展的に改称しています。

 さて、近代の屋根材の歴史で、欠かすことのできないのが、潟Nボタによる、昭和35年アメリカのジョンズ・マンビル社からの技術導入により日本で生産を開始した「カラーベスト」(「カラード・アスベスト・セメント・ボード」を略した潟Nボタのスレート材名称)をはじめとするスレート平板屋根材です。当初は壁材として発売され、途中から屋根材も発売したものですが、当初はこんな薄い板みたいなもの屋根材じゃないと販売には大変苦労したそうですが、プレハブ住宅の伸展と共に急成長していき、現在では、粘土瓦と肩を並べる屋根材の代表格になっています。

 この他にも、屋根材にはセメント瓦、金属材、シングル、ガラス瓦、草木系等があり、伝統的屋根材粘土瓦と、新生屋根材とがしのぎを削りあっていますが、設計の先生方への共通の願いは、「勾配屋根のある建築を!」です。